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森川 幸司さんの病院ボランティアインタビュー写真

大腸ガン(ステージⅣ)、そこから転移した肝臓がんの大手術を東京大学医科学研究所附属病院と日赤医療センターにて行い、職場復帰後も抗がん剤治療を継続し、2016年2月時点で経過観察3ヶ月目にはいる森川さん。病気に関する情報収集方法や、同じ病気の仲間たちと出会う中で感じたこと、また病院ボランティアに期待する思いを取材させていただきました。

大腸がんステージⅣの宣告から、緊急手術、抗がん剤治療へ

大腸と肝臓に大きな腫瘍が見つかった時のことについて教えて下さい。

発覚5ヵ月前に2回ほど、これまで経験した事が無いような激しい腹痛と嘔吐があり、近所の内視鏡検査で有名なさとうクリニックを受診、進行性大腸がんの可能性が非常に高いということで、大至急、精密検査を受けたほうがいいと告げられました。次の日、会社の紹介より、東京大学医科学研究所附属病院で検査した結果、大腸に大きな腫瘍が確認される他、肝臓にも複数の腫瘍が見つかり、大腸がんからの転移が疑われる状態でした。

大腸の腫瘍が見つかった時、手術や治療はどこでどのように行われたのでしょうか。

東京大学医科学研究所附属病で病名が診断された後、すぐに入院・絶食になり、2011/11/5に大腸がん摘出手術を行いました。3時間の手術で無事成功したと話を受け、ほっとするのもつかの間、へそから下にかけて5センチほどの深い切り傷があるにもかかわらず、手術の翌日から歩くように指導されたのには驚きました。

歩かないと腸閉塞等のリスクが高まる他、積極的に歩いたほうが傷の治りが早いと説明を受けるも、実際に車いすから少し体をずらすだけでも激痛が走り、麻酔も抜けきっておらず3本の管が身体に入っている状況の歩行は、思っている以上に辛く、病棟1周60メートルを、途中休憩を入れながら15~30分かけて汗をかきながら歩いていました。

食事は手術2日後の全粥から、半粥、消化の良い食事と徐々に移行していくのですが、ほぼ普通の食事に移行した2日目のうどんで、小腸が閉塞してしまい、周期的に激痛が走るようになり再度絶食。1週間ほど経過を見ても改善されないので、イレウスチューブを鼻からいれ、腸の内容物を全て吸引することになりました。このチューブは直径1センチを越え、2メートルあまりの管を体全体に入れていくもので、検査の中で最も痛く、不快なものでした。しかし、その検査後は徐々に経過が良くなり、入院後約45日で退院することができました。入院前は68キロだった体重が、退院時には56キロまで落ちてしまいました。

森川 幸司さんの病院ボランティアインタビュー写真

肝臓がんを摘出する手術や治療は、どの病院でどのように行われたのでしょうか?

肝臓がんの摘出手術は、大腸がん摘出手術の約3ヶ月後にあたる翌年2月10日、医科研病院からの紹介をしてもらい日赤医療センターで行いました。6時間に渡る手術はJ字切開(みぞおちから右肋骨にかけてJ文字に切開)と広範囲に渡ったため、大腸がん手術以上に切り傷による傷みが激しく、また腹の至る所から5本以上の管が繋がれたまま、歩行を指導されました。日ごとに管は抜けていき、3週間余りで退院しましたが、傷がなかなか塞がらず、職場復帰まで3カ月以上かかりました。

退院後にも治療は続いたのでしょうか。

退院後は、目に見えない腫瘍を死滅させるという目的で、2週間に一度、2泊3日で抗がん剤入院を約1年間繰り返していました。抗がん剤が投与されている際に問題は発生しませんでしたが、1年の投与期間を過ぎ、経過観察10か月目で、肝臓がんが再発、肺がんの転移も見つかってしまいました。もう治るかもと思っていたタイミングのこの告知が、最も辛く感じました。

がんの再発や転移が見つかった後の手術や治療について教えて下さい。

再発した転移性肝臓がんの手術は手術終了直後から、嘔吐が止まらず、精密検査を受けてみると肝臓に血が溜まっているという事で6時間後の午前1時から再度、緊急オペを行うという状況でした。深夜0時に医師から緊急オペの説明があり、同意書署名を求められる状況に、最も“死”を覚悟しました。

結果、手術は無事成功し、今回は傷の治りも良かったため、2カ月余りで職場復帰をすることができました。しかし約半年後の検査で肺に再発が見つかり、またもや手術。今回は患部が小さく、外側にあるという理由で、低侵襲な胸腔鏡手術を選択でき、入院期間5日間、約3週間で職場復帰ができました。それから薬の種類を変えた1年間の抗がん剤を経て、2016年2月現在、経過観察3か月目にはいるところです。

大腸がん・肝臓がん・肺がんになって思うこと

一番はじめに、がんであることがわかった時、どんな気持ちになりましたか。

ドラマの演出のような、体全体が宙にふわふわと浮いた状態で、現実感がなかったことを覚えています。

“病気になって感じたこと・考えが変わったこと”について教えて下さい。

手術後は、ベッドから起き上がるだけでも激痛が走るなど、何気ない行動にも身体の至るところが使われていると痛感しました。
また、周りの仲間は本当に心配してくれ、より関係が強固になった一方、ごく一部の知人からは腫物に触るような対応があり、本心がわかったと感じたこともありました。
さらに一通りの痛み、リスク宣言を受けた事により、世の中の少々の事には動じないようになったかもしれませんね。「所詮、この病気みたいに命まで取られるわけではない」と思うようになりました。
闘病仲間しかわからない絆ができるのは嬉しい一方、その仲間を久しぶりに見なくなり、病状が悪化していたり、最悪のケースで死を迎えている場面に遭遇すると、簡単でない病気に罹っている事を改めて思い知ることがあります。

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大腸がんや肝臓がん、肺がんに関する情報はどのように収集されていましたか。

基本はインターネットです。他には図書館に行った際に、月刊がんサポートの最新号に必ず目を通すようにしたり、書店で治療方法や食事療法、がん克服体験記など幅広いジャンルの本を随時購入して読んでいます。また主治医には、上記で得た情報を基に質問をその都度行うようにしています。

様々な情報が行き交う中で、どんな情報が参考になりますか。

私の場合、インターネットで探せる情報のほとんどは、ネガティブなもので、例えば「5年生存率が13%~16%」といった数字を見るだけで闘病の意欲がそがれるのですが、検索結果の5、6ページ目まで探していると、ようやく「(自分よりも病状が進んでいる患者さんでも)病気を克服した」というブログ記事や、「ステージが進んだ患者さんを診た」という先生の記事を見つけることができ、そこで紹介されている全てを真似するというよりは、一つの指針として参考にしながら、できるものから無理せずに生活に取り入れるようになりました。

治療を行う環境として恵まれていたと感じたことはありますか。

主治医との出会いですね。技術的な部分だけじゃなくて、精神的にも「これから治療を頑張ろう」と思える情報や意見を伝えてくれる先生でした。
例えば、5年後の生存率が低いのを知り不安になっていることを主治医に伝えると、「そのデータは90年代に発症した患者さんを2000〜2005年にかけて調べた古いデータで、最近では30〜40%という認識ですよ。」と言ってもらえ、治療法について質問した時は「免疫療法など様々な治療があって否定はしないけど、一番効果的で、エビデンスが積み重なっている治療法が、今森川さんが取り組んでいる治療だから、まずはこの治療法をやってみて、それでもダメだった時に他の治療を考えてみたらどうですか」と言ってもらえたので、一番標準的で、もっとも治る可能性が高い治療なのであれば、取り入れてみるべきかな・・・と自分が受ける治療について落ち着いて客観視でき、納得度を高めることができました。

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もし、今自分の治療や病気に対して悩んでいる人に何か伝えられることがあるとすれば、どんなことがあるでしょうか。

偉そうに言える立場ではないですが、とにかく治るためには何が必要なのかをとことん考えるべきだし、とにかく笑うことが大事だと思います。そして励まされる闘病仲間がいるだけで全然違うと感じています。
というのも、私の周りで余命1ヶ月と言われた人でも5年近く生きている方がいて、その人が言うには「笑わない奴はおっ死んじゃう。好きなお笑い芸人がいたらDVDでも借りて、それ見て口角あげているだけでも間違いなく体にはいいから」と言われて、本当にそうだなって。治療中は痛みや不快なこともありネガティブになりがちですが、そんな時に言葉をかけてくれる闘病仲間や先輩がいることで前向きに治療をしようと鼓舞されることが自分にとっては良かったと思います。

闘病仲間同士で情報をやり取りすることはありましたか?

自分の場合、直に会える闘病仲間が身近にいたから、血液検査を見せ合い、薬の内容やそれに伴う副作用の情報を共有していました。仲間達からアドバイスをもらえる事は、もちろんありがたかったですが、それ以上に、気が楽になったり、心構えができたり、自分一人じゃないと感じられたことで治療を前向きに捉えられました。
インターネット上でも、自分と同じような病気の人が集まったコミュニティに入り、メッセージをたくさんもたったりしたこともありましたが、そのコミュニティは自分には合わないと思い、そのうち離れて行きました。

闘病仲間同士で「つながること」が重要ではなく「つながり方」が重要ということでしょうか?

そうですね。私の場合、悲観的になりすぎたり、病気を重くとらえすぎてしまうような影響を受けることは望んでいなかったので、つながった先に「治る要素」が見当たらない場合は自然と足が遠のいていました。
ただ、どんなつながり方がベストかは人それぞれなので、対面で会うかインターネット上での交流か、やり取りの方法や内容はいろいろあって、そこから自分のいいものを選べると良いのではと思います。

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もし日本中にいる同じ病気の人とネットや直接会うことができたとしたら、どんなことを話してみたいですか。

病気を完治した人に、どんな生き方があるのかというライフプランや、どんな働き方があるのかというキャリアプランについて話し合ってみたいです。例えば、「子供が欲しいけどいつから準備ができるのか」とか、「いずれ病気前と同じようなキャリアを描けるのか」などといった様々な事を聞いてみたいですね。そう考えると、普通の人と同じような話がしたいんだと思います。

入院中に励みになったこと、ありがたいと感じたことはありましたか。

手術後、思っていたよりも傷の治癒が遅く、退院が延び延びになり、気持ちがふさぎ込んで散歩等もおっくうになってしまう時があったのですが、その時に看護師長が、「そういう時はまず歩こう」と一緒に散歩に付き合ってくれた時、特に何か話したわけではないのに、気持ちが前向きになれました。
また聖心女子高校の合奏部がクリスマスチャリティー演奏を病院のホール内で行ってくれた時、「こんな豊かな曲をまだまだ聞いていたい、生きたい」と強く思え、1人で涙が止まりませんでした。

また部署内の上司、部下はもちろん会社の誰からも身体の事を第1に考えてもらえ、人の繋がりのありがたみを今までなく大きく感じたことは言うまでもありません。迷惑をかけ続けて申し訳ないと思いつつも、いずれ完治した際にはしっかり恩返ししたいという気持ちが、「生きたい」と思える強い原動力になっています。

逆に、入院中に「もっとこうしてほしい」と感じたことはありましたか?

自分のようにまわりの人に恵まれている人間でも、身体が落ち着いてくるととにかくヒマで、話し相手が欲しかったです。またちょっとでも体調が悪くなると、「このまま悪くなり続けるんじゃないか」と、ネガティブな発想に陥りがちになるので、気軽に悩みを相談できるような存在が欲しかったのは正直なところです。(配偶者や友人にとっては話が重たく感じる可能性もあり、あまり話せませんでした)

病院ボランティアに期待すること

病院に医療従事者や患者さん以外のボランティアが入ることの意義についてどうお考えですか。

個人的な意見ですが、主治医の先生や看護師は体を診ることが専門で、かつ、やるべきことがたくさんあるため、患者の心のケアに専念するべきではないと思っています。医師や看護師の仕事量を直に見ているだけに、「本当に病気は治るのか」といった悩みを聞いてもらうために10分、20分と時間を取って手を煩わせるのは申し訳ないな、医師や看護師にあまり煙たがれたくないな、という気持ちになるんですね。本当に訴えたい時に「またか・・・」と軽くみられてしまう可能性はできるだけなくしたいですから。

そんな感じなので、病院にボランティアさんが来て、自分の話を30分、1時間と聞いてくれるのであれば精神面で大きなサポートになると思います。家族や友人には話が重すぎて口に出さないようなことも、ボランティアさんだから話せるというのはあると思います。例えば、散歩に一緒に言ってくれるとか、散歩しながら「今日の食事はなんでしょうね〜」とたわいもない話しをするだけでも気分が晴れます。

それから、看護師の手が回らないこと、例えばシーツの交換は週に1回から2回と決まっている中で、たくさん汗をかいて気が滅入ってしまった時に、ボランティアの方が、気がついて交換してくれたりすると患者としては助かります。ただ、それがどこまでやれるのか・続けられるのか、ということは考慮しなければいけないと思いますが・・・。

逆に、病院ボランティアに関与してほしくないことはどんなことがあるでしょうか。

病院の中で、民間療法や宗教的な話をされるのは良くないと思います。専念すべき治療が目の前にあるにもかかわらず、そういった民間療法や宗教的な話を、仮にボランティアの方がしてしまったばかりに、自分の家族が本来受けるべき治療を拒否してしまい、結果的に命を短くしてしまった・・・となれば、私なら訴訟問題になってもおかしくないと思います。なので、医療の専門的なケアの分野は医師や看護師に任せて欲しいと感じますね。

これから病院ボランティアに期待したいことについて教えて下さい。

私達のような5年に渡って2つの病院をかけ持っている患者側でさえ、病院ボランティアという存在自体にほとんどなじみがないので、もっと周知してもらいたいですね。心身ともに弱っており、家族、友人、医療従事者いずれでもない人に話を聞いてもらう等、特に心のケアに対応してもらう事が、もっとも大きな糧になると期待しています。

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